研究開発

エルゴチオネイン
~安定・安全かつ強力な
天然抗酸化物質~

長瀬産業では、安定・安全で脳にも運ばれる天然抗酸化物質エルゴチオネイン(図1)の発酵生産に取り組んでいます。

エルゴチオネインとは

エルゴチオネイン(以下、EGTと略す)は希少アミノ酸の一種で、優れた抗酸化能を有した天然物です。EGTを産生できる生物は、 キノコ(担子菌類)、麹菌などの真菌類、放線菌、シアノバクテリアといった一部の微生物だけであり、ヒトがEGTを取り込むにはキノコや麹菌発酵食品などからEGTを摂取するしかありません。EGTは1909年に発見され、古くから知られていた物質ですが、近年になって興味深い性質があることがわかり、特に脳・中枢系や老化に伴う疾患に対する効果が期待されています。

図1.L-エルゴチオネイン(EGT)

長寿ビタミン

加齢研究の第一研究者であるブルース・エイムズ博士(エイムズ試験で有名)は、「ビタミンのように生命維持に必要不可欠ではないものの、長期的な健康維持に不可欠で食事から摂取しなければならない化合物を長寿ビタミン(longevity vitamin)として、ビタミンの新しいグループとして位置付けよう」と提案しています。また、エイムズは、EGTがミトコンドリア活性維持に寄与しうる根拠があることにも触れ、EGTを長寿ビタミン候補として挙げています2。寿命が長くなった現代では、健康長寿がさけばれ、長寿ビタミンの重要性は益々増していくと思われます。

EGTが健康長寿に欠かせない成分であることは、臨床研究からも示唆されています。例えば、老化によっておこる脳機能や身体機能の低下、すなわち虚弱状態をフレイル[Frailty]と呼びます。フレイル度合が高い方と低い方の体内EGT濃度を比較したところ、フレイル度が高いヒトほどEGTが低くなっていることがわかりました3。このことはEGTが老化抑制作用を有していることを示唆しています。興味深いことに各国を比較してみるとEGT摂取量が多い国ほど寿命が長い可能性があることも報告されています4

エルゴチオネインの標的候補

  1. 認知症
  2. パーキンソン病
  3. うつ病
  4. 白内障,網膜症
  5. 紫外線による皮膚老化(しみやシワ)
  6. 心血管疾患
  7. 肝疾患(脂肪肝,肝線維症)
  8. 腎疾患
  9. 糖尿病合併症
  10. 妊娠高血圧腎症
  11. がん
  12. フレイル

1.優れた抗酸化活性

EGTの活性酸素消去活性は、生体内で最も多く存在する重要な抗酸化物質であるグルタチオンと比較してもおよそ3~30倍も高い(活性酸素種により異なる)、非常に優れた抗酸化物質です5 。その強力な抗酸化力は、EGTのチオン基(図1)という特殊な構造に由来します。抗酸化物質の多くは、酸素分子もラジカルの一種であるため、酸素存在下では不安定になります。一方、EGTはチオン基をもつことで、ヒドロキシルラジカルや一重項酸素といった強力な活性酸素種とは素早く反応しますが、酸素との反応性は非常に低く、酸素存在下でも長期にわたり壊れることがありません。熱・酸に対する安定性も非常に優れており6、また、安全性が高い(毒性が認められていない)ことも優れた点です7

2.エルゴチオネイントランスポーターの発見

近年EGTが注目されるようになった一番の理由は、2005年にヒトにおいて、EGTを細胞内に取り込むエルゴチオネイントランスポーター(ETT)が発見されたからです8。上記で述べた通り、一部の微生物しかEGTを生産できませんが、植物や魚類、哺乳類など様々な生命体がETTによりEGTを利用していることがわかってきました。ヒトでも様々な組織でETTが発現しており、EGTを細胞内に高濃度(~2 mM)に蓄えることで、下記のように細胞を酸化ストレスから保護することが報告されています6

  • ミトコンドリアは酸素を消費してエネルギー(ATP)を産生する重要なオルガネラですが、その代償として酸化ストレスを受けやすいという宿命があります。ミトコンドリアの機能低下は様々な疾病や老化と密接に関わっています。そのような重要なオルガネラであるミトコンドリアですが、ミトコンドリア膜にはETTが多く発現していることが示されており、EGTが多く取り込まれていることが予測されます9
  • ETTが最も多く発現している細胞のひとつが酸素の運び手である赤血球であり、実際に赤血球はEGTを高濃度に蓄積していることが示されています10 。ヒト血液では、おおよそ100-500μMのEGTが検出されますが、多いヒトでは1000μMを超えることもあります(未発表データ)
  • 皮膚組織にもETTは発現していますが、特に表皮細胞側にETTは多く発現しておりEGTが蓄積されやすいことが報告されています11。表皮細胞に高いEGT蓄積能があるのは、紫外線によっておこる酸化ストレスに対抗するためと考えられます。
  • EGTは非常に水溶性が高いにも関わらず血液脳関門を通過することができ、中枢神経に蓄積されることがわかっています。酸化ストレスと神経変性疾患の発症には密接な関係があり、神経変性疾患に対するEGTの有効性が次々と報告されています12, 13

以上のように酸化ストレスをうけやすい細胞やオルガネラに強力な抗酸化物質であるEGTが蓄積されやすいようにETTを高発現しているということは生理学的に非常に興味深いことです。
また、炎症部位ではETT発現が上昇する(=EGTが取り込まれやすくなっている)ことも知られています。

3.幹細胞の分化誘導作用

最近の研究では、EGTが幹細胞の分化誘導を促進することが報告されています。例えば、神経幹細胞にEGTを与えるとニューロンへの分化が促進されます。このことは、神経損傷がおこってもEGTを摂取することによって神経再生が促される可能性があることを示唆しています13, 14

エルゴチオネインに期待される効果

EGTには、神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病)、うつ病、紫外線による肌老化(シワやシミ)、白内障、糖化ストレスの抑制など様々な作用が期待されています。EGT蓄積量は加齢と共に低下することが示されており12、EGTを積極的に摂取することによって老化に伴って起こる様々な疾患を抑制できると考えられます。

長瀬産業のエルゴチオネイン生産技術

上記の通り、EGTは非常に魅力的な成分ですが、これまでキノコから抽出する等、既存の方法では安価に安定的に大量 生産することは不可能とされてきました。そこで弊社では、これまで弊社のバイオ研究において注力してきた放線菌技術(N-STePP®)・スマートセルテクノロジーを活用することで、安価な糖からエルゴチオネインをつくる革新的な発酵生産プロセスの開発を進めています15。

引用文献

1. Tanret C. Sur une base nouvelle retiree du seigle ergote, l'ergothioneine. Compt.Rend. (1909) 149: 222–224 

2. Ames B. N. Prolonging healthy aging: Longevity vitamins and proteins Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2018) 115 (43) 10836–10844 

3. Kameda M. et al. Frailty markers comprise blood metabolites involved in antioxidation, cognition, and mobility. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2020) 117(17): 9483–9489 

4. Beelman R. B. et al. Is ergothioneine a ‘longevity vitamin’ limited in the American diet? J. Nut. Sci. (2020) 9: 1–5 

5. Franzoni F. et al. An in vitro study on the free radical scavenging capacity of ergothioneine: comparison with reduced glutathione, uric acid and trolox. Biomed Pharmacotherapy. (2006) 60: 453–457 

6. Cheah IK. et al. Ergothioneine; antioxidant potential, physiological function and role in disease. Biochim Biophys Acta. (2012) 1822(5): 784–793 

7. Chu W. EFSA classes antioxidant l-ergothioneine safe for kids and pregnant women. (2017) 15-NOV 

8. Grundemann D. et al. Discovery of the ergothioneine transporter. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2005) 102(14): 5256–5261 

9. Lamhonwah AM. et al. Novel localization of OCTN1, an organic cation/carnitine transporter, to mammalian mitochondria. Biochem Biophys Res Commun. (2006) 345(4): 1315–1325 

10. Kobayashi D. et al. Expression of organic cation transporter OCTN1 in hematopoietic cells during erythroid differentiation. Exp Hematol. (2004) 32(12): 1156–1162 

11. Markova NG. et al. Skin cells and tissue are capable of using L-ergothioneine as an integral component of their antioxidant defense system Free Rad Biol Med. (2009) 46: 1168–1176 

12. Cheah IK. et al. Ergothioneine levels in an elderly population decrease with age and incidence of cognitive decline; a risk factor for neurodegeneration? Biochem Biophys Res Commun. (2016) 478(1): 162–167 

13. Nakamichi N. et al. Food-derived hydrophilic antioxidant ergothioneine is distributed to the brain and exerts antidepressant effect in mice. Brain Behavior (2016) 6(6) 

14. Ishimoto T. et al. Organic cation transporter-mediated ergothioneine uptake in mouse neural progenitor cells suppresses proliferation and promotes differentiation into neurons. PLOS ONE (2014) 9(2): e89434 

15.エルゴチオネインの発酵生産. 特許第6263672号 (2017)

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